「家の前で救急車のサイレンが聞こえたけど、なかなか出発する様子がない…」
「事故現場に救急車が到着したのに、なんでずっと止まっているんだろう?」
緊迫した状況で救急車が長時間停車していると、心配になったり、疑問に思ったりしますよね。「一刻も早く病院へ運ぶべきでは?」と感じる方も少なくないでしょう。
しかし、救急車がすぐに出発しないのには、傷病者の命を救うための重要な理由があります。
この記事では、救急車が現場に留まる理由や救急隊員の活動について、分かりやすく解説します。この記事を読めば、救急車の「なぜ?」が解消され、現場での活動への理解が深まるはずです。
救急車がすぐに出発しないのはなぜ?主な4つの理由
救急車が現場に到着してから出発するまでの時間は、傷病者の状態によって大きく変わります。すぐに走り出さないのは、決して怠慢ではなく、むしろ「病院に着く前から救命活動を始めている」からです。
主な理由として、以下の4つが挙げられます。
- 現場での観察と応急処置
- 救急救命士による高度な医療行為(特定行為)
- 搬送先病院の選定と情報収集
- 受け入れ先の病院がすぐに見つからないケース
これらはすべて、傷病者にとって最善の選択をするために不可欠なプロセスです。ただ闇雲に近くの病院へ運ぶのではなく、現場でできる限りの処置を施し、症状に合った最適な医療機関へ繋ぐことが、救急隊の重要な役割なのです。次の章から、それぞれの理由を詳しく見ていきましょう。
理由①:現場での観察と応急処置
救急隊員が現場に到着して最初に行うのは、傷病者の状態を正確に把握することです。意識レベル、呼吸、脈拍、血圧、体温といったバイタルサインを測定し、容態を慎重に観察します。
これらの情報は、応急処置の方針を決めたり、搬送先の病院に状態を正確に伝えたりするために欠かせません。
同時に、観察と並行して必要な応急処置を行います。例えば、出血があれば止血をしますし、骨折が疑われる場合は固定するなど、症状に応じた処置を迅速に進めます。心肺停止状態であれば、その場で心臓マッサージやAED(自動体外式除細動器)による電気ショックなど、一刻を争う救命処置を開始します。
これらの観察と処置には、数分から十数分の時間が必要です。一見すると「止まっている」ように見えても、救急車内や室内では、救命に向けた重要な活動が続けられているのです。
理由②:救急救命士による高度な医療行為(特定行為)
救急隊員の中でも、「救急救命士」という国家資格を持つ隊員は、より高度な医療行為を行うことが認められています。これを「特定行為」と呼び、医師の具体的な指示のもとで実施されます。
特定行為には、以下のようなものがあります。
- 器具を用いた気道確保: 呼吸が困難な人の気道にチューブを挿入し、空気の通り道を確保します。
- 薬剤の投与: 心肺停止状態の人に、心臓の動きを助けるアドレナリンという薬剤を投与します。
- ブドウ糖溶液の投与: 低血糖発作で意識障害がある人に、ブドウ糖を投与します。
これらの処置は、病院到着後の治療をスムーズにし、救命率を大きく向上させる可能性があります。しかし、医師の指示を受け、正確に実施する必要があるため、どうしても一定の時間がかかります。救急車が現場に長く留まっている場合、こうした高度な救命処置が行われているケースも少なくないのです。
資格 | 主な活動内容 |
---|---|
救急隊員 | バイタルサイン測定、基本的な応急処置(止血、固定など)、AEDの使用、搬送 |
救急救命士 | 上記に加え、医師の指示のもとで特定行為(器具による気道確保、薬剤投与など)を実施 |
理由③:搬送先病院の選定と情報収集
傷病者をどの病院に搬送するかは、その後の回復を大きく左右する重要な判断です。症状や専門性(脳外科、心臓血管外科など)、病院の受け入れ体制などを総合的に考慮し、最適な医療機関を選定します。
そのために、救急隊は傷病者本人や家族から詳しく話を聞きます。
- いつから、どんな症状があるか
- 持病やアレルギーの有無
- かかりつけの病院はどこか
- 普段飲んでいる薬は何か
これらの情報は、最適な搬送先を選ぶだけでなく、病院の医師が治療方針を決める上でも極めて重要になります。お薬手帳や診察券などがあれば、よりスムーズに情報伝達ができます。こうした丁寧な情報収集と病院との連携にも、時間が必要となるのです。
理由④:受け入れ先の病院がすぐに見つからないケース
残念ながら、救急隊が搬送を要請しても、病院側がすぐには受け入れられないケースも存在します。これは「搬送困難事案」と呼ばれ、近年、社会的な問題となっています。
具体的には、「救急隊による医療機関への受入れ照会回数が4回以上で、かつ現場滞在時間が30分以上の事案」を指します。
総務省消防庁の調査によると、2022年中の救急搬送困難事案の総件数は7万5,580件にものぼり、過去最多を記録しました。
病院が受け入れを断る主な理由には、以下のようなものがあります。
- ベッドが満床である
- 手術中や処置中で対応できない
- 症状に対応できる専門の医師が不在
- 医療機器が使用中である
救急隊は、1つの病院に断られても、諦めずに次の病院を探します。複数の医療機関に何度も連絡を取り、ようやく受け入れ先が見つかることも少なくありません。この間、救急車はその場で待機せざるを得ません。傷病者や家族にとっては不安な時間ですが、救急隊もまた、必死で受け入れ先を探している状況なのです。
救急車の現場滞在時間、実は目標がある?
「一体いつまで現場にいるんだろう?」と感じるかもしれませんが、実は救急活動には目安となる時間があります。
総務省消防庁によると、2022年中の通報を受けてから救急車が現場に到着するまでの時間は全国平均で9.4分、そこから病院に到着するまでを含めた、通報から病院収容までの時間は全国平均で44.4分となっています。
また、消防本部によっては、傷病者と接触してから一定時間内(例:10分以内)に搬送を開始することを活動目標として掲げている場合もあります。
ただし、これらはあくまで目安や目標です。前述したように、重篤な症状で現場での高度な処置が必要な場合や、搬送先がなかなか決まらない場合には、現場での滞在時間は長くなります。何よりも優先されるのは、目の前の傷病者の命です。状況に応じて柔軟に対応するため、時間に縛られすぎず、最善の活動を行っているのです。
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私たちが救急車の活動をサポートできること
救急隊の活動を理解すると同時に、私たち市民にもできることがあります。それは、救急車の適正利用を心がけることです。
「タクシー代わり」「早く診察してもらえるから」といった理由での安易な利用は、本当に緊急性を要する人への対応を遅らせる原因になりかねません。
もちろん、判断に迷う場合はためらわずに119番通報するべきです。その際は、
- 何が起きたか(急な病気か、交通事故かなど)
- 現在の症状
- 住所や目印
などを落ち着いて、正確に伝えることが、迅速な救急活動に繋がります。
また、救急車が近づいてきたら、スムーズな通行にご協力いただくことも大切です。一台の救急車の向こうには、助けを待つ人の命があることを心に留めておきましょう。
まとめ:救急車が止まっているのは、命を救うための大切な時間
今回は、救急車が現場で長時間停車している理由について解説しました。
- 救急車は、現場で観察や応急処置、時には高度な医療行為を行っている
- 症状に合った最適な病院を選定し、情報収集や連携を取っている
- 搬送先の病院がすぐに見つからず、待機せざるを得ない場合もある
救急車が止まっている時間は、決して無駄な時間ではありません。それは、傷病者の命を救い、社会復帰へと繋げるための、非常に重要で濃密な時間なのです。
もし今後、救急車が止まっている場面に遭遇したら、その先で繰り広げられている懸命な活動を想像し、温かい目で見守っていただけると幸いです。
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